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2017.02.27 (月)

誤用だ誤用だ! 「うがった見方」とは?

穿つ

「あれ? もしかして、間違って覚えてた?」
俗に言う誤用は世間にたくさんにありますが、誤用か誤用でないかの境はきわめて曖昧です。
誤用の方が広まり、その意味が取って代わられるのも長い歴史から見たら日常茶飯事。多くの人は、「書き手や発言者がどのような意図で使ったかが分かればいいんだよ!」と思っていることでしょう。「言語の意味」の世界も力がすべて。弱肉強食サバイバルで、今や虫の息の大和言葉も数多くあります。
それでも、「昔はこんな意味だったんだよ!」や「辞書に載ってる意味はこうなんだよ!」と自称日本語好きの内田が、辞書を流し読みして、独断と偏見で気になった日本語をピックアップする「誤用だ誤用だ!」シリーズの開幕です。

第一回目の本来の意味と誤用の合戦場は「うがった見方」の意味でゴザイマス。

「うがった見方」の意味

「あなたは本当にうがった見方をするね」

もし皆さんが知り合いから突然このような言葉をかけられたら、どのように感じるでしょうか。
嫌味を言われていると思うか、はたまた褒められていると思うのか。言われたシチュエーションにもよりますが、その真意とはいったい……。
ダラダラとひっぱるのもアレなので、ずばり辞書に載っている意味を書いちゃいますね。
どーん!

物事の事情や背景を見通そうとした見解や考え方。詮索を含むものの見方。
(実用日本語表現辞典より)

 

いかがでしょう? 皆さんが思っていた意味は合っていましたか?
ちなみに、私は間違っていました。「うがった見方」は「ひねくれた」とほぼ同義で捉えていたのです。冒頭の自称日本語好きの名が廃りますね。
さて、ここで一つ、興味深い調査結果をご紹介します。

国語に関する世論調査の結果

文化庁が発表した平成23年度の「国語に関する世論調査」には、このような調査結果が載っています。

うがった見方をする
(ア)物事の本質を捉えた見方をする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26.4%
(イ)疑って掛かるような見方をする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48.2%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.1%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.9%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20.3%

実に約半数もの人が「うがった見方」を「疑って掛かるような見方をする」ことだと答えているのです。
2人に1人が間違ってるってどういうこと?!
もはや、「あなたは本当にうがった見方をするね」と言われた場合、「正しい意味と誤用と、どっちの意味で?!」と戸惑って苦笑してお茶を濁すしかなくなります。

うがつの意味

そもそもうがつはどういう意味なのでしょうか。
漢字で書くと「穿つ」です。
穴(あなかんむり)に牙(きば)。強そうな字ですね。
新漢語林(漢和辞典)によると、その字の成り立ちは「きばであなをほる」ことからだそうです。
ちなみにこの漢字は、常用外ではありますが、衣服を履く際にも用いられます。「ズボンを穿く」や「靴下を穿く」などですね。「履く」のほうが馴染みがありますが、語の成り立ちを知ると洋服の穴を掘り進めて着ることから「穿く」でも違和感がないように感じられます。

また、「穿つ」を国語辞書で引くとこのように載っています。

うがつ【穿つ】
[動タ五(四)]《上代は「うかつ」》
1 穴をあける。掘る。また、突き通す。貫く。
 「雨垂れが石を―・つ」「トンネルを―・つ」
2 押し分けて進む。通り抜けて行く。
 「石は灌木の間を―・って崖の下へ墜(お)ちた」〈鴎外・青年〉
3 人情の機微に巧みに触れる。物事の本質をうまく的確に言い表す。
 「―・った見方」「彼の指摘は真相を―・っている」
4 袴(はかま)・履物などを身に着ける。履く。
 「夏といえども其片足に足袋を―・ちたり」〈子規・墨汁一滴〉
5 新奇で凝ったことをする。
 「紋も模様も大きに―・ち過ぎて賤しき場もありしが」〈洒・浪花今八卦〉
[可能] うがてる
(デジタル大辞泉より)

どうやら「穴を掘る」ことから転じて、「物事を深く掘り下げ本質を捉える」意味でも使われるようになったようです。物事を解明し、掘り進めて掘り進めてやっと到達した本質を「穿つ」というのです。
では、なぜ「穿つ」が「疑って掛かるような見方をする」と認識されるようになったのでしょうか。

穿ち過ぎ

物事を極めるのは非常に困難です。掘り進めて掘り進めて、そこで見つけたものが本質とはかけ離れたものであることもあります。
国語辞書にはこのような言葉も載っているのです。

うがちすぎ【穿ち過ぎ】
物事の本質や人情の機微をとらえようと執着するあまり、逆に真実からかけ離れてしまうこと。
(デジタル大辞泉より)

深い……! 深すぎる!
例えどんなにがんばって真実を突き止めようとしても、それが正解であるとは限らないのです。

加えて、「穿って」本質を見極めることは、それまでの常識を疑ってかかる作業を必要とします。
あらゆる事柄に惑わされず真相を探る様は、「穿つ」の誤用「疑って掛かるような見方をする」が広まった要因といえるかもしれません。
個人的には「うがった」という言葉の響きが「疑った」や「曲がった」と似ていることからも、誤用が広まってしまったのではないかと思います。

 

いかがでしたでしょうか?
本来の意味と誤用の合戦場「うがった見方」。たった一つの表現でも、探っていくと発見や面白さがあるものです。
私と同じく、「うがった見方」を誤用で覚えていた方は、今日から「穿ち過ぎ」という言葉を使ってみてはいかがでしょう?
「それはうがった見方じゃないかなあ?」を「それは穿ち過ぎじゃないかなあ?」で万事解決です。

誤用だ誤用だ!シリーズはこのように本来の意味と誤用、誤用に至るまでを考えていきたいと思います。
次回以降も、乞うご期待!

参考:
「うがった見方」は,良くないのか。 文化庁広報誌ぶんかる
「うがった見方」とは? ~「穿つ(うがつ)」の誤用と正しい意味と コトバノ

カテゴリー: 言葉

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