TOP / 言葉 2016.05.31

くしゃみと声掛け

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くしゃみ最近自分が慢性鼻炎であることを知った内田です。
自覚がなかっただけにショックです。治療には3年ほどかかるとか・・・。長いなハクションチクショー!!
さて、皆様はくしゃみをしたことはありますか?
恐らくほぼ全ての人があると思います。
くしゃみにも色々ありますよね。
「あなたの鼻はサイレンサーですか?」と聞きたくなるような無音のくしゃみから、仔犬のようなかわいらしいくしゃみ。爆撃かと錯覚しそうなほど鼓膜にダメージを与えるくしゃみまで。千差万別多種多様です。
今回はこのくしゃみについてのお話しです。

くしゃみの語源

くしゃみを漢字で書けますか?
「嚔」と書きます。恐らく一生書かない漢字ではないでしょうか。
空書きでよいので記念に一回書いてみましょう。
とても面倒くさいですね。
この面倒くさい漢字、「くさめ」とも読みます。
くしゃみの語源となった言葉です。

中世の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜け、寿命が縮まると信じられていました。
想像するとかなりコミカルですが、医療の発達していない時代なので小さな風邪が命の元。疾患の初めとなるくしゃみを恐れたのですね。
そして、寿命が縮まり、早死にしないために唱えられた呪文が「くさめ」です。
くしゃみをした後、くしゃみをした本人か、近くにいる人が「くさめくさめ」と重ねて唱えました。
吉田兼好の『徒然草』第47段にはこのようなエピソードが載っています。


ある人清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「嚔(くさめ)、嚔」といひもて行きたれば、「尼御前何事をかくは宣ふぞ」と問ひけれども、應へもせず、猶いひ止まざりけるを、度々とはれて、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる時、かく呪はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。あり難き志なりけんかし。


【内田訳】
ある人が老いた尼さんを連れて清水寺へお参りに行きました。尼さんはその道すがら「くさめ、くさめ」と言いながら歩きます。「尼御前、なにをそんなにおっしゃっているのですか」と尋ねるのですが、返事もせず、なお言い続けて止まりません。尼さんが何度も問いかけられて、腹立ち紛れに言うには「ああ!くしゃみをしたときに、このようなまじないを唱えないと死んでしまうというでしょう。私がお世話した坊ちゃまが比叡山で修行しているのですが、もしも今くしゃみをしていたらと思うと気が気でないので、このようにまじないを唱えているのですよ」
なかなか無い(すばらしい)志ではないでしょうか。


てな具合ですね。
この「くさめ」の語源は諸説ありまして、陰陽道の「休息万命 急急如律令(くそくまんみょう きゅうきゅうにょりつりょう)」を早口で言った説や、「糞食め(くそはめ)」が変化したものであるという説などがあります。
語源とされる言葉の品が天と地ほども違うとはこれいかに、と思いますが、病魔への悪態と考えると「糞食め」も魔除けの意味があったのでしょう。
現代の日本では失われてしまったこの呪文ですが、狂言や歌舞伎の世界ではくしゃみのシーンのお決まりごとで、「くっさめ」という表現を見ることができます。小さい「つ」が間に入るのですね。
また、沖縄地方では「クスックェー」と言うそうです。意味はクソクラエ。民俗学者の柳田國男の著書『少年と国語』の『クシャミのこと』の章で詳しく紹介されているので、ご興味のある方は読んでみると面白いですよ。

くしゃみと声掛け

さて、洋の東西を問わず、くしゃみをした人に対しての声掛け・決まり文句は数多く存在します。
英語では”Bless you!”です。「お大事に」という意味で覚えた人も多いのではないでしょうか。
この”Bless you!”は”God bless you!”のGodが省略された形ですが「神のご加護を」という意味です。
中世ヨーロッパではくしゃみをすると魂が抜けて悪魔が入りこむと信じられていました。
そこで、くしゃみをした人に「(悪魔が入り込まないよう)神のご加護がありますように」と声を掛けたのです。
日本の「くさめ」と似ていますね。

ドイツでは誰かがくしゃみをすると、すかさず周りの人が”Gesundheit”(ゲズントハイト)と言います。
またイタリアでは”Salute!”(サルーテ)と声を掛けます。意味はどちらも「健康」です。直球ですね。
英語圏でもドイツ語圏でもイタリア語圏でもくしゃみの声掛けの返事は「ありがとう」です。

決まり文句のやり取りがより素敵だなあ、と個人的に思うのがトルコです。
トルコでは”Çok yaşa!”(チョク ヤシャ)と声を掛けます。「長生きしてね」と言う意味です。言われた方は”Siz de görün.”(スィズデ ギョリュン )もしくは”Hep beraber.”(ヘプ ベラーベル)と答えます。意味は「(私が長生きするのを)あなたも見ていてね」と「みんなで一緒に(長生きしましょう)」です。

そういえば日本には「一誹り 二笑い 三惚れ 四風邪」なんていうことわざがありますが、回数によって解釈が変わるというのはどうも日本だけではないようです。

スペインではくしゃみをした人に対して掛ける言葉が三種類あるとか。1回のくしゃみだと “¡Salud!” (サルー)。意味は「健康」です。
2回のくしゃみだと”Salud y dinero”(サルッ イ ディネロ)。意味は「健康とお金」です。
3回のくしゃみだと”Salud, dinero y amor”(サルッ ディネロ イ アモル)。意味は「健康、お金、そして愛」です。
おもしろいことにこれらはどれも乾杯の音頭としても用いられます?

また、フランスでは ドイツ語やイタリア語と同じように「健康」という意味の”Santé! “(サンテ)を使うこともありますが、回数によって使い分けることもあるようです。
1回目のくしゃみには”À tes souhaits! ” (ア・テ・スエー)。「きみの願いに」。
2回目のくしゃみには “À tes amours! “(ア・テ・ザムール)。「きみの愛に」。
3回目のくしゃみには “Qu’ils durent toujours… “。「それらがいつまでも続きますように」という意味です。
くしゃみ一つでどんだけロマンティックが止まらないんだよ!と気恥しくなりますが、ニュアンスとしては冗談めかした表現だとか。

たかがくしゃみかもしれませんが、これほどまでに異なり、また似通った点を見いだせるのは興味深いですね。
日本も「くさめくさめ」が残っていればよかったのに、と残念でなりません。
誰かがくしゃみをしたら「お大事に」と自然に言えるようになりたいものです。

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