TOP / 社員日記 2019.11.07

炭鉱のまち大牟田 世界遺産巡り「万田坑・三川坑跡・三池港閘門」

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大牟田 万田坑 世界遺産 やぐら

9月にコールセンターが始動した、グッドクロスの西の拠点「大牟田」の観光案内。
前回の「まち歩き編」に続き、今回は、 炭鉱のまちとして栄えた大牟田の史跡を巡ります。

万田坑【世界文化遺産】

大牟田市と隣接する熊本県荒尾市にまたがって栄えた三池炭鉱。その中心的存在が、明治後期から昭和中期にかけて活躍した石炭採掘坑口の一つ、「万田坑」です。1902(明治35)年に完成、採炭効率が下がり1951年には採炭を中止しましたが、その後も別の坑口のための揚水作業などで、1997年まで利用されていました。

大牟田 万田坑 世界遺産 やぐら

万田坑のシンボル、やぐら
大牟田 万田坑 世界遺産 巻き上げ機

巻き上げ機

万田坑のシンボルは、巨大な鋼鉄製のやぐら。ここにはケージ(昇降用エレベーター)が吊り下げられ、坑夫の昇降や資材の運搬に使われていました。
坑口は今は土砂で埋められていますが、かつては地下270mまで続いていました。

日本一深い地下鉄駅、都営地下鉄大江戸線の「六本木駅」の深さが地下42.3mなので、その6倍超を真っ直ぐに地下深くへと潜る…。覚悟は並大抵ではなかったはず。

大牟田 万田坑 世界遺産 

埋められた坑口。やぐらの真下
大牟田 万田坑 世界遺産 

坑道と、昇降用ケージ

作業場・倉庫などの建物は、明治時代ならではのモダンなレンガ造りです。

石炭産業の衰退で設備は過去のものとなるも、歴史的な価値が認められ2015年には世界文化遺産に登録されました。ハラダ社長にとっては、子供の頃によく友達と入った草ボーボーの秘密基地が「キレイに整備されてしまった」という、もの寂しさもあるようです。
役目を終えてもこうして多くの人が観光に訪れて、万田坑は朽ちるどころかその存在感を増していくようです。

三川坑跡 炭鉱電車

三川坑跡 炭鉱電車

海沿いにある「三川坑」は、三池鉱山の中では比較的新しい坑口です。
ここには、歴代の炭鉱電車を移設・展示しています。古いものは1908(明治41)年製造。明治時代に汽車ではなく電車が走っていたなんて… ビックリ!
鉱山電車は石炭を運ぶほか、抗夫とその家族だけが無料で乗車できました。ハラダ社長も子供の頃にこっそり乗せてもらったことがあるとか。おおらかな時代ですね。

三川坑跡 炭鉱電車

坑口の姿。公開日にはさらに奥まで入れます
三川坑跡 繰込場

抗夫たちが作業の指示などを受ける「繰込場」

こちらの坑口から、有明海の海底に向かってトンネルを掘り石炭を掘削していました。
1963(昭和38)年に炭じんが爆発し、死者458人という戦後最悪の炭鉱事故を起こした不幸な歴史の現場でもあります。

三川坑跡 炭鉱電車

時が止まったような廃墟はとても生々しく、見ていると複雑な気持ちになります。炭鉱の仕事は危険と隣り合わせの過酷な労働であったことを感じます。

三池港閘門【世界文化遺産】

三池港 閘門 世界遺産

三池炭鉱で掘り出した石炭を輸送するには、大型船が必要不可欠。しかし、大牟田の沿岸部は干満の差が6メートルと大きく、さらには遠浅で、大型船が入ってこられませんでした。
その解決に、三池港が築港されました。
干潮時には港内の海水が外へ流れ出ないように、閘門(こうもん)で蓋をして水位を保つようにした結果、大型船も底を着くことなく着岸できるようになりました。この閘門は、1908(明治41)年の開港以来、現在も当時の姿のまま、100年以上駆動しています! 万田坑とともに、世界文化遺産です。

私が訪れた時には閘門は開いており、残念ながら見られず! 写真は海側から見た三池港の入り口ですが、閘門そのものは写っていません… 目を凝らしてくださった方、すみません…。
閘門が閉じている時間に再訪したいと思います!

かつての炭都・大牟田へ一度はぜひ

大牟田には、採炭現場とそれを運ぶ鉄道、石炭積出の港など、三池炭鉱の一連の遺産群があります。これら一つ一つを巡ることで、かつての炭都の様子を肌で感じることができます。歴史ファン・遺跡好きならずとも満足できると思いますので、皆さんもぜひ一度、訪れてみてください!

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